久しぶりです。
あっという間に月日がたちブログを書く気分も失せてしまって遠ざかっていましたが

(もちろん元気なんですが)
ふと思ったことを吐露したい気持ちになり書くことにしました。


日頃活動されている作家であり私の恩師でもある先生が言うには


「奇跡は黙って待っていても起きない。常々の思いと努力と行動があってこそチャンスも奇跡も起こるのだ。」と。


日頃の地道な活動や平和や人とのつながりに対する真剣な思いから、ふとした縁からチャンスが開けてきたからこそまた、思うように進まなくても、そう信じることによって未来のためにあきらめない、という信念には説得力があります。


教員をしている友人も

「同じ位の学力を持った生徒でも受験に受かる生徒と落ちる生徒の違いは"絶対受かる"と信じているか、ちょっとでも"落ちるかも"と不安があるかだったりする。」
信念や思いの差は大きい、という話になり


「確かに、違いはあるかもしれない。確かにチャンスがあった人、奇跡を起こした人は皆、行動や思いや努力があったと思う。でも、多くのそういう人の中で、一部の人だけがその奇跡にあやかれるのではないか?って思うんだよね。」と言うと


「その差がその思いの差、信じているかどうかの差だと思う」と。


うーん、でも例えば家族や親しい人が病気になったり災いで行方不明になったとしたら誰もが無事を強く願うでしょう。
それはもう、命がけで願うでしょう。
それが助かったりそうじゃなかったり、というのは個人の思いや信念を超えた力にあって、どうすることもできないでしょう。
それでも信じて祈るしかないけど。


これは1例だけど、信じ方や思いの強さではどうしようもない力があって、奇跡はその一部の人だけに起きるんじゃないかって。もちろん日頃の行いも思いもなければありえないとしても。


そんな考え方じゃチャンスも奇跡も逃してしまうのかなあ。